東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻
岡田真人
© 2024 Masato Okada
1.一芸と多芸
古来日本では、一芸に秀でる者は多芸に通ずと言って、なにか一つのことに秀でた人は、他のいろんなこともできるようになるとされてきた。一方、図1に示す、Darwinの番犬と呼ばれ、文筆家のAldous Leonard Huxley、ユネスコの初代事務局長であり世界野生生物基金の創設者のJulian Sorell Huxley、生理学者でありノーベル賞受賞者であるAndrew Fielding Huxleyを孫として持つThomas Henry Huxleyは、Try to learn something about everything and everything about something. と述べ、多様な分野と専門分野を同時に学ぶことの重要性を主張している.このように古今東西、どのような戦略で知識獲得を目指すかは、知性ある人を目指す人々にとって重要な課題である。当然、大学等の高等教育でも、どちらの戦略が望ましいかを知ることは、大学での高等教育の質と効率を図る上で重要な視点である。
日本の大手一流企業のキャリアパスでは、総合電機メーカーを例にとると、半導体事業部で入社した社員は、その半導体部門で課長、部長と出世した後に、突如、これまでの半導体とは全く違う、例えば、洗濯機事業部の部長を命ぜられる。ここで、部長として洗濯機事業を成功させれば、その後は、本部長や会社役員への道が開けてくる。この例は、まず半導体事業部で一芸を磨き、その後、多芸を習得するために洗濯機事業部の部長に配置転換される。洗濯機事業部では、洗濯機事業に関する細かな知識はないが、そのような細かない知識は部下の課長から質問等で獲得できる。重要なことは、半導体事業部で培った儲かる仕組みを、事業部に依存しない普遍的な視点で獲得しているかが、ここで試されるのである。知識のパーツの中身は必要ではなく、それぞれのパーツをどう組み上げて、利益抽出に向けるかと言う、事業部によらない普遍的な知識を試されているのである。洗濯機事業部で成功すると言うことは、この事業部によらない普遍的な知識体系、つまりsomething about everythingを、everything about somethingの中から抽出する能力が問われているのである。
これが一芸に秀でる者は多芸に通ずであろう。しかし、優れた子孫を持つHuxleyの家訓は、something about everythingを先に書いてある。いったいどちらがほんとうなのであろうか。それとも、同時が望ましいのであろうか。古来の大学教育では、研究室の徒弟制度的教育で一芸に秀でさせて、その学生を社会に送り出し、社会で多芸を獲得する礎としている。しかし、繰り返しになるがHuxleyは同時がよいと実証的に述べている。
2.高次元データ駆動科学教育プログラム
これを大学の高等教育で実現する具体策として、東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤科学系の高次元データ駆動科学教育プログラム(HD3: High-Dimensional Data Driven Science)である。この教育プログラムは、筆者の岡田真人が領域代表を務めた、文部科学省科学研究補助金「新学術領域研究」平成25 年度〜29年度スパースモデリングの深化と高次元データ駆動科学の創成Initiative for High-Dimensional Data-Driven Science through Deepening Sparse Modeling (略称 新学術SpM)
http://sparse-modeling.jp/
で得たデータ駆動科学に関する知見に基づいている。
現実的に、Thomas Henry Huxleyの知識獲得の方針を大学院の教育システムに具現化することに成功している教育プログラムは、高次元データ駆動科学教育プログラムのみであろう。データ駆動科学の背景には、異分野融合による普遍性の効率的獲得の視点が下支えとしてある。現在、高次元データ駆動科学教育プログラムでは、データに関して、計測、計算、解析の三本柱のミニマムを集中講義の形で提供しており、これと既存の専攻から提供される講義を組み合わせることで、アメリカなどでよくある大学院の副プログラムの形態で学生に提供している。
大学院新領域創成科学研究科の評価等でも、大学院新領域創成科学研究科のミッションである学融合の推進を具体的に行うものとして、高次元データ駆動科学教育プログラムは審査で高い評価を得ている。また、筆者が属する複雑理工学専攻の骨子となる教育プログラムであると高く評価されている。高次元データ駆動科学教育プログラムは、Thomas Henry Huxleyの知識獲得の方針の具現化を目指している。